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福岡高等裁判所宮崎支部 平成9年(ネ)101号 判決 1999年5月14日

控訴人

久野織物株式会社

右代表者代表取締役

久野義次

右訴訟代理人弁護士

蔵元淳

小林公明

野村浩志

被控訴人

亡荻野友子訴訟承継人

荻野真市

被控訴人

亡荻野友子訴訟承継人

荻野勝哉

右両名法定代理人亡荻野友子相続財産管理人

荻野勝哉

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人らは、控訴人に対し、それぞれ、亡荻野友子から相続した財産の存する限度で、金九七四九万二六七一円及びこれに対する平成七年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

五  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人らは、控訴人に対し、金二億円及びこれに対する平成七年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

第二  本件事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実及び理由「第二 事案の概要」の記載のとおりであるからこれを引用する(但し、「真市」を「被控訴人真市」に、一〇頁八行目及び一七頁三行目の「(被告の主張)」以外の「被告」を「友子」に、それぞれ改める。)。

1  原判決三頁一行目から五行目までを次に改める。

「 本件は、控訴人が、後に破産宣告を受けるに至った丸三株式会社(以下「丸三」という。)が平成六年四月一八日から同年七月七日までの間に控訴人から合計二億円の商品を仕入れた行為(以下「本件仕入取引」という。)は、丸三の代表取締役である被控訴人荻野真市(以下「被控訴人真市」または「原審証人真市」という。)の悪意又は重過失による任務懈怠行為であり、これによって、控訴人には右金額から丸三の破産後に破産管財人との和解によって返品された四二点の商品の合計納入価格四八六万八六〇〇円及びこれに対する消費税一四万六〇五八円を差し引いた一億九四九八万五三四二円の損害が生じたところ、控訴人の右損害は、丸三の取締役であった荻野友子(以下「友子」という。)が被控訴人真市の業務執行を監視する義務があるのに、悪意又は重過失により右監視義務を懈怠し、本件仕入取引を阻止是正しなかったことによって発生したもので、友子には商法二六六条の三第一項に基づき控訴人の右損害を賠償する責任があるとして、友子の相続人である被控訴人らに対し右損害賠償を求めている事案である。」

2  原判決五頁三行目から七行目までを次に改める。

「 本件仕入取引の明細は、別紙補助元帳1ないし5記載の平成六年四月一八日(但し、同日の売上げの一部である三一三万一一五八円)から同年七月七日までの間の大島紬の売上合計一億三一五九万〇四九〇円(消費税を含み、後日返品された商品分を除く。)及び別紙補助元帳6ないし8記載の同年四月二〇日から同年六月一〇日までの間の後記「無月」の売上合計六八四〇万九五一〇円(消費税を含み、後日返品された商品分を除く。)である(弁論の全趣旨)。

また、丸三は、本件仕入取引の代金支払のため、月末締めで翌月二〇日又は末日に概ね二七〇日ないし三〇〇日先の支払期日の約束手形を振出していた(原審証人真市四回三一六ないし三二二項)。

3  友子は、平成一〇年七月一日死亡し、その相続人は同人の子である被控訴人真市及び同荻野勝哉であるが、被控訴人らは友子の相続につき同年一〇月二九日京都家庭裁判所において限定承認の申述をし、それが受理されて被控訴人荻野勝哉が相続財産管理人に選任された。」

3  原判決五頁一〇行目の「その前提として」から同末行末尾までを次に改める。

「その前提として、本件仕入取引又は約束手形の振出につき、代表取締役である被控訴人真市に悪意又は重過失による任務懈怠があるかどうか。」

4  原判決六頁二行目から九頁一〇行目までを次に改める。

「(一) 被控訴人真市の悪意又は重過失による任務懈怠の存否

(1)  代金決済の見込みがないのに行った取引であることについて

丸三の平成四年及び五年度の決算期の計算書類及び法人税の確定申告書等から、丸三が遅くとも平成五年度の決算期である同年一二月三一日の時点で代金決済の見込みがない状態であることが明らかであり、平成五年度の決算報告書等は法人税の確定申告がされた平成六年二月二八日までには作成されており、被控訴人真市は遅くともそれまでに右決算の内容を承知していたから、同日以降の仕入取引は代金決済の見込みがないことを知りながら行ったものであり、また、少なくともこれを知らないことには重大な過失がある。また、被控訴人真市が月毎の資金繰り表を作成していたならば(乙二〇の一項)決済見込みのないことを熟知していたはずである。

これに加えて、次の点からも本件仕入取引に代金決済の見込みがなかったことが裏付けられ、かつ、また、被控訴人真市はこれらの事情を承知していたはずであるからその悪意重過失をも裏付けることになる。

(ア) 丸三では、累積負債の整理のため、昭和六二年に所有不動産を売却した後は、みるべき不動産は絶無となった。

(イ) 丸三は、平成二年七月に当時の京都銀行からの借入金六億円などを返済するため、被控訴人真市を連帯保証人、亡耕司所有の不動産を担保とし、同五年七月三〇日を弁済期として一〇億円を借り入れ、右債務返済後の残金二億円を一年余の間に利払いや資金繰りに費消した。そして、平成四年ころ以降、丸三は、金融機関からの融資を受けることが著しく困難な状況になった。

(ウ) さらに、平成五年七月以降、右(イ)の借入元金一〇億円とその遅延損害金の支払がされないこともあって、丸三は、代表取締役個人の資産や信用で金融機関から融資を受けることも著しく困難な状況となった。

(エ) 被控訴人真市は、丸三の経営状態が非常に憂慮されるものであるのに、漫然と景気が回復すれば、倒産に至らずに済むと考え、場当り的企画(新商品として売り出した「無月」にしても黒字化の願望はともかく、その具体的方策と数字的裏付けは絶無であり、平成六年の「建都一二〇〇年反物」に至っては一過性の単発企画であり、再建策に値するものではなかった。)を立てるのみで、商品の売値が仕入値を割る逆鞘状態を解消し、赤字を黒字に転換するための抜本的な経営体質の転換を図ることもしようとしなかった。なお、平成五年度の当期損失及び経常収支は前年度よりも改善しているが、それでも当期損失は一億九五〇〇万円に上り、経常収支は買掛債務の支払期限の延期により費用を繰り延べしたにすぎず、これがなければ三億八五〇〇万円の支払い超過となり、顕著に悪化していたものであり、しかも、平成六年度以降には繰り延べのしわ寄せで支払不能となることは明白であった。

(オ) 平成六年には、丸三は売り先から手形を受けることができず、かつ割り引くこともできない状態が顕著となり、手形決済資金が得にくくなった。

(カ) 丸三は、平成六年になって、控訴人から仕入れた商品を仕入値の五分の一で売却するようになり、平成六年の一月から六月の間に五億〇五〇〇万円という莫大な損失を出した。なお、右取引は買い戻し特約付売買で融資の担保という形を取っているが、平成六年当時の丸三は返済ができる見込みはなかったのであるから、右担保の実体は、商品のバッタ売りそのものであった。そのことは、一割の高金利で危険な取引をして金融を得なければならない状況であること、現に一度も買い戻されていないことからも裏付けられる。また、堀口産業の支援は、企業間の信用供与という変則的なものであり、確実なものでもなかった。

(キ) 丸三の事業継続に不可欠な幹部社員らも辞意を漏らし始め、現に退職してしまった。

(ク) 現に、破産財団を構成する丸三の資産は二億円に満たず、負債総額二二億円余と比較して極めて僅少であった。

なお、いわゆる経営判断の原則を本件に適用して取締役の注意義務を軽減すべきではない。

即ち、まず、経営判断の原則の根拠は、自ら企業に投資し取締役を選任した株主の責任にあるから、第三者に対する関係では適用すべきではない。次に、本件のように取締役が第三者に直接損害を加えた事案(いわゆる直接損害)に、経営判断の原則を適用することは一層不当である。また、本件のように経営が逼迫している状況下では、会社債権者の損害の拡大を回避するため、事業の縮小・停止をすべきかについて、通常の場合よりも一層慎重な判断を求められるのであって、取締役の注意義務を軽減するようなことは許されない。

(2)  取締役会決議の不存在について

本件仕入取引(合計二億円)及びその代金支払のための約束手形の振出は、商法二六〇条二項所定の重要なる財産の譲り受け及び多額の借財又は重要な業務執行に該当し、取締役会決議事項であるのに、被控訴人真市はこれを経ずに本件仕入取引及び手形の振出をなしたものであるから、この点において任務懈怠がある。

即ち、まず、本件仕入取引及び手形の振出は、特定の取引先から三か月足らずの短期間に多量巨額に行われ、かつ、仕入金額を大幅に下回って換金するという目的による一連のものであるから、一体のものとして評価すべきである。また、本件仕入取引を構成する個々の取引及びその代金支払のための約束手形の振出も、前記(1)の各点から少なくとも支払い見込みの極めて乏しい状況があり、そのような状況で行った行為は、それぞれが重要なる財産の譲り受け及び多額の借財又は重要な業務執行に該当する。

(3)  被控訴人真市は、平成六年七月一日に丸三の破産申立の委任をし、同月五日に破産申立がなされ、即日破産宣告前の保全処分がなされたのであるが(甲二、三、一〇の二項)、申立の一か月前に破産申立を決断していたというのであり、同年六月以降、代金決済の見込みがないことを知りながら仕入取引を行ったことは明白であり、この行為は当然に不法行為となるのであり、破産財団を適正に形成する意図があったとしても違法でなくなるものではない。その上、被控訴人真市は、控訴人に対し、経理内容も赤字大幅減で、丸三の経営改善が見込まれる旨を告げて欺き、仕入れを継続させたものであるから、一層、右のような意図があったとしても正当化されるものではない。」

5  原判決一〇頁二行目から三行目の「常勤取締役として報酬を受領していたが、丸三の経営を被控訴人真市に一任し、」を「常勤取締役として業務に従事し報酬を受領し、かつ、代表取締役に次ぐ大株主でもあったから、被控訴人真市に対して強い影響力を行使しうる立場にあったにもかかわらず、丸三の」に改める。

6  原判決一二頁八行目の末尾に次を加える。

「なお、「無月」は、従来からの前記逆鞘状態やいわゆる浮貸(小売業者に商品を貸し出し、実際に販売された商品の分だけの代金を支払う制度)を解消することも意図して企画されたものである。」

7  原判決一三頁二行目の「状況に追い込まれた。」の次に次を加える。

「右担保は商品を一旦売却する形式を取ってはいるが、買い戻しの特約を付しており、後日買い戻して適正価格で販売をする意図であった。また、平成六年度に損失が急激に増加した理由は、右担保を帳簿上は売上げとして計上したことによる一時的なもので、後日買い戻して適正価格で販売した場合には解消するに至るものである。」

8  原判決一三頁九行目と一〇行目の間に次を加える。

「 また、控訴人との取引は、長年継続されてきた丸三の業務に直結するものであり、これを停止すれば企業の消滅を意味するのであり、経営判断のなかでも裁量の余地の大きいものである。

なお、丸三の決算報告書等の数字から算出した理論的な指標が実際の支払いの可能性に一致するとはいえない。」

9  原判決一四頁七行目の「一因になっている。」を次に改め、八行目の「(四)」を「(六)」に改める。

「一因になっているから、控訴人が、被控訴人真市に本件仕入取引及び丸三の破産の責任を負わせることは許されない。

(四) 取締役会決議の不存在について

日常的に反復される、それぞれはさほど多額ではない取引について、一定期間をまとめれば多額に上るからといって、個々の取引をなすについて取締役会決議を経る必要はない。

(五) 平成六年六月以降の取引について

破産申立の準備に相当期間を要することは当然であり、また、被控訴人真市が違法不当な方法で本件仕入取引を継続させたような事実はない。」

10  原判決一五頁一行目の「被告が取締役に就任していたのは」から六行目の「期待もできない状態であった。」までを次に改める。

「丸三においては取締役間で職務の分担がなされ、友子は外交的な職務を担当しており、資金繰りや仕入には関与していなかったから、これを担当者である被控訴人真市に一任していても任務懈怠があるとはいえない。また、友子の右担当職務、経営判断や資金調達に関する知識経験もないこと及びその年齢から、そもそも監視義務を尽くすことが期待できない状態であった。」

11  原判決一五頁八行目の「経営を」を「資金繰りや仕入を」に改める。

12  原判決一六頁五行目の「丸三」を「控訴人」に改める。

13  原判決一七頁二行目と三行目の間に次を加える。

「 また、仮に本件仕入取引の開始直前と終了時とを比較すると、控訴人の売掛金が減少していたとしても、本件仕入取引を回避すべき任務懈怠とその代金相当の損害との間の因果関係が否定されることはない。」

14  原判決一八頁三行目の「ないというべきである。」を次に改める。

「なく、また、損害の発生につき控訴人に原因がある。

また、平成六年四月当時から破産申立までの間、控訴人の売掛金残高は毎月減少しており、平成六年四月の時点で取引を停止すれば控訴人の損害はより多額に上るのであり、右時点で取引を停止しなかったことと控訴人の損害との間には因果関係がない。

さらに、仮に被控訴人真市に悪意又は重過失による任務懈怠があり、かつ、友子にこれを防止すべき監視義務があったとしても、友子には、経理内容の報告を受けても、仕入取引をいつ停止すべきかを的確に判断する能力はないし、また、取締役会の招集を求めたとしても、本件仕入取引を中止させることはできなかったから、友子の監視義務の懈怠と損害発生との間に因果関係はない。」

第三  当裁判所の判断

一  丸三の経営体制等について(甲二、四ないし六、八ないし一〇、三四ないし三六、三八、四一、四二の1ないし23、乙三、四、七の1及び2、八の1及び2、九の1及び2、原審証人真市、原審友子本人)

丸三の設立時には、発行済株式総数は一万株(一株五〇円)で、代表取締役は亡耕司であり、他の取締役には取引会社の代表者らが就任していた。その後、昭和二七年に取締役が交代し、控訴人代表者久野義次(以下「義次」という。)も丸三の取締役に就任し、その後昭和五四年に退任した。亡耕司の妻である友子は、同三七年に取締役に就任しており、その後、平成三年以降は、丸三の常勤の取締役は、亡耕司、被控訴人真市及び友子であり、亡耕司の死後は営業部長の神崎登が取締役に就任した。また、発行済株式総数は、昭和三三年までに一六万株になった。

丸三では、創業以来、亡耕司あるいは被控訴人真市が経営者として営業方針を決定してきており、株式会社となった後も取締役会が開催されたことはなく、亡耕司あるいは被控訴人真市のほかに営業部長、商品企画部長がこれを補佐し、他に経理、総務関係の担当者がいたものの、実体は、亡耕司らの同族会社であり、株式の大半を荻野一族が所有していた。

二  被控訴人真市の商法二六六条の三第一項に基づく損害賠償責任の存否

以下、友子の監視監督義務による商法二六六条の三第一項に基づく損害賠償責任の前提として、被控訴人真市に同条の責任が存するかを検討する。

1  被控訴人真市の任務懈怠の存否

まず、被控訴人真市が代金決済の見込みがないのに本社仕入取引を行ったものかどうかを判断する。

(一) 平成五年末までの丸三の経営状態について

(1) 丸三の経営の推移について(甲二、九、一〇、一二の1、2、二三、二四、二六ないし三二、三四ないし三六、三七の1ないし3、乙四、六、一〇ないし一二、一四、一五、原審証人真市、原審久野隆夫代表者)

(ア) 赤字経営が恒常化するまでの経過とその原因

丸三が取り扱ってきた大島紬は、図柄の原図を方眼紙に図案化し、それに沿って糸に図柄になる糸を泥染めによって刷り込み(先染め)、その糸を締め機という特殊な織機に建てて、柄を織り上げるなど約三〇工程を経て製造されるものであり、右いずれの工程においても、熟練の技術を要し、大島紬の製造コストの大半は人件費が占める。特に、丸三においては、亡耕司が、経営方針として、あつらえ商品(丸三において考案した図柄を、専属の図案屋に図案化させ、それを産地である鹿児島及び奄美大島の専属の機屋に製造させて販売する商品。これに対し、単に産地の機屋が製造したものを仕入れて販売する商品を市場品という。)を主な取扱商品として、専属の機屋の設備、熟練の技術者等を確保してきており、引き続きこのような経営方針を維持する限り、仕入価格を引き下げさせることには困難な状況がある(乙六、原審証人真市四回二七項)。

昭和五〇年代初めころまでは、大島紬等の需要は順調で丸三は、あつらえ商品の販売等によって五〇億円もの売上げを記録したこともあり、高収益をあげていたが、それ以降は、一貫して需要が低迷し、売上げが減少し続け、順次市場品の割合を高めていたが、間もなく赤字決算に転落し、その後赤字経営が続くようになった(乙六、原審証人真市四回二四ないし二六項)。

なお、赤字経営が続くようになった原因について、被控訴人らは、不況のため需要が低迷し、仕入価格が販売価格を上廻る、いわゆる逆鞘状態での販売が続いたためで、景気が回復すればもとのように高収益を上げることが期待できたと主張し、原審証人真市もこれに副う証言をしている(四回五五ないし六〇項)。しかしながら、まず、昭和六一年一一月期から平成三年三月期までは平成景気といわれる好況期であり、この間、一貫して、需要が低迷し赤字経営が続いた以上、それは景気の変動による一時的なものではなく、消費者の嗜好の変化による大島紬自体の需要低迷であるというほかない。また、従来からの専属の機屋を確保することにより仕入れ価格を引き下げることが困難となり、一定の利益率の低下はあったとしても、平成元年から平成五年まで一応売上利益を計上しており(乙一〇ないし一二、一四、一五)、平成三年ないし五年の総売上表(甲一七、一九、二一)によっても、逆鞘となっているものは一部であり、しかも、平成四年、五年の売上高上位三社がいずれも大幅な逆鞘となった理由は、資金繰りのための売却や不良在庫品の廉価処分により年間を通じるとそのような結果になったことにあり(原審証人真市四回三五六項以下)、原審証人真市自身、逆鞘で売却するのは一回限りの売り出しや全体として利益を計上するために一部商品を廉価販売するという特殊事情によるものであると述べている(五回二五六項)のであるから、逆鞘状態での販売が続いたとは認められず、結局、右需要低迷に対する取扱商品の変更や経営合理化などの対処が遅れたことが赤字経営が恒常化するに至った原因であると認められる(原審証人真市四回六一、六二項)。

また、販売先に商品を引き渡しても、販売先が転売した商品だけが売上げとして計上され、それ以外の商品は丸三の在庫となり、売れ残りのリスクは丸三において負担しなければならないという、いわゆる浮き貸しの方法によって販売せざるをえないことも、販売が順調であれば特に問題を生じるわけではなく、それによって販売先の品揃えを豊富にし売上げの増加に資する面もあると考えられるのであって、赤字経営の直接の原因とは認められない。

(イ) 自社ビル等の売却

丸三は、昭和六二年ころ、「シルクロード」の屋号で呉服の展示販売をしていた松永某に、浮き貸ししていた商品(約二億円相当)を詐取され、それによる損害を含めて累積債務が約七億円に達し、経営を圧迫するようになったので、自社ビル(京都市中京区室町六角下る鯉山町<番地略>、五階建て、敷地約一〇〇坪)及び京都市左京区岩倉の土地を合計約七億円で売却して、一旦累積債務を一掃した。しかし、これによって、丸三には平成六年七月に一〇〇〇万円で売却したマンション以外に処分可能な不動産はなくなった(原審証人真市五回七四ないし八三項)。そして、平成元年三月三〇日、亡耕司に加えて被控訴人真市も代表取締役に就任した。

(ウ) 一〇億円の借入れ

丸三は、右自社ビル等の売却後も、経営状態の改善が進まず、後記(2)(ア)(a)のとおり毎年一億円ないし二億円の当期損失を計上するようになり、丸三の京都銀行などの金融機関からの借入金が再度数億円に達した。そこで、亡耕司及び被控訴人真市は、右借入金を返済するため、平成二年七月ころ、亡耕司所有の土地(京都市北区衣笠西尊上院町<番地略>)及び同地上の建物に極度額を一〇億円とする根抵当権を設定して、京都銀行の関連会社であるロイヤルリースから、亡耕司を主債務者、被控訴人真市を連帯保証人として、同五年七月三〇日に元金を一括返済する約定で一〇億円を借り入れて、丸三の右借入金を弁済し、また、そのころ、京都市北区衣笠西御所ノ内町<番地略>の土地(平成五年一一月分筆前のもの)及び同地上の建物に設定した丸三の京都銀行に対する債務を被担保債権とする極度額合計三億一〇〇〇万円の根抵当権設定登記を抹消し、残った約二億円を借入金の利息及び急を要する資金手当に充当していたが、一年余りの間に費消してしまった。なお、ロイヤルリースからの借入れは、同四年ころ、京都銀行からの借入れに変更された。

そして、丸三は、担保設定の可能な不動産もほとんどなく、毎年多額の損失を計上しており、また、右のとおり代表取締役が個人の財産に担保を設定して借入をする状況であることから、平成二年ころ以降、金融機関から、運転資金の融資を受けることが著しく困難な状況になった(なお、甲二、乙四)。

さらに、右一〇億円の借り入れについて、平成五年七月三〇日の元金の返済期日には利息の支払いしかできず、これ以降、借入元金一〇億円とその遅延損害金の支払がされておらず(甲三七の1ないし3)、代表取締役である被控訴人真市個人の資産や信用で金融機関からの融資を受けることも著しく困難な状況になった。

(2) 丸三の決算書類等からの支払能力の検討(甲二三、三四ないし三六、乙一〇ないし一二、一四、一五、なお、甲四四、四五、乙二二参照)

(ア) 財務構成からの検討

(a) 債務超過額について

丸三の平成元年から同六年までの間の各事業年度(一月一日から一二月三一日まで。但し、平成六年は六月三〇日まで)の当期損失金額と期末の債務超過額は以下のとおりである(甲二三、乙一〇ないし一二、一四、一五)。

当期損失金額   期末債務超過額

平成元年 約一億〇二〇〇万円  約一億五三〇〇万円

平成二年 約二億二二〇〇万円  約三億七六〇〇万円

平成三年 約二億四六〇〇万円  約六億二三〇〇万円

平成四年 約三億五〇〇〇万円  約九億七四〇〇万円

平成五年 約一億九五〇〇万円 約一一億六九〇〇万円

平成六年 約五億〇五〇〇万円 約一六億七四〇〇万円

そして、各期とも売上総利益をもって販売費及び一般管理費を賄うことができず、大幅な営業損失を出しており、加えて、支払利息及び割引料の負担も重く、平成二年度以降の経営状態は極めて悪く、年々悪化の一途を辿っていた。

なお、平成二年以降の長期借入金のうち、亡耕司からの六億三三〇〇万円及び平成三年以降の亡耕司からの仮受金は、実質的に自己資本と見なすことができるから、仮に、貸借対照表上これを資本とみて修正した各年の実質債務超過額(資産と負債の関係)は以下のとおりである。

平成二年 約二億五七〇〇万円のプラス

平成三年 約一億五三〇〇万円のプラス

平成四年 約二億〇五〇〇万円

平成五年 約四億一四〇〇万円

このように、亡耕司からの借入金等を除いても、平成四年末には既に貸借対照表上でも大幅な債務超過となり、平成五年末の時点ではこれが約二倍に増加している。

また、平成五年度には当期損失が前年より減少しているが、平成四年度の当期損失三億五〇〇〇万円のうち約七五〇〇万円は役員保険の解約による雑損失である(甲三五の営業外費用の内訳書、乙一一)から、極めて大幅に改善したというわけではなく、本社ビル等を売却して累積債務を一掃したにもかかわらず、一〇億円を借り入れなければならなくなった平成元年ないし三年当時と同様の状況である。

(b) 流動比率と当座比率について

まず、一年以内に支払うべき債務と一年以内に現金化されると見込まれる資産とを比較するという観点から流動資産(但し、保険積立金を除く。)を流動負債(但し、代表取締役からの仮受金を除く。)で除した流動比率を見ると、平成元年末に約八〇パーセントであったものが、商品の在庫増から二年末には約一一二パーセントまで改善したが、その後、商品の在庫増があるにもかかわらず、三年末101.2パーセント、四年末83.2パーセントと低下し、五年末には76.4パーセントと一〇〇パーセントを大幅に割り込んだ状態となった。なお、平成六年度調査の中小企業の経営指標の呉服卸売業六五社の平均(甲四四の添付資料)から算出した141.9パーセントと比較すると、その半分強と非常に低い状態となっている。

また、特に現金預金その他換金性の高い受取手形、売掛金を流動負債(但し、代表取締役からの仮受金を除く。)で除した当座比率を見ると、平成三年末39.1パーセント、四年末23.1パーセント。五年末23.9パーセントと極めて低い状態となっている。これを平成六年度調査の中小企業の経営指標の呉服卸売業六五社の平均(甲四四の添付資料)から算出した92.3パーセントと比較すると、その約四分の一と右流動比率以上に数値が低く、丸三では、売掛債権、手形などに比べて商品の割合が多いことが分かる。

(c) これらの検討結果からすると、丸三は、平成五年度には既に経営が破綻した状態であったといえる。

(イ) 資金収支からの検討

(a) 平成四年度について

まず、経常収支をみると、売上高から売掛債権の増加額を差し引いた売上げ収入と営業外収入を併せた経常収入が約一五億八三〇〇万円であり、経常支出が、費用(売上原価、販売費及び一般管理費、営業外費用)から減価償却費を差し引き、商品貯蔵品の前期からの増加額を加え、買掛債務及び未払金の前期からの増加額を差し引いた約一八億六一〇〇万円である。経常収入を経常支出で除した経常収支比率は85.1パーセントである。

また、売掛債権の回転期間(期末の割引手形を含む受取手形に売掛債権を加えたものを月平均の売上高で除したもの)を見ると、7.95月となり、商品の回転期間(期末の棚卸高を月平均の売上高で除したもの)を見ると、6.43月となり、買掛債務の回転期間(期末の買掛債務を月平均の売上原価で除したもの)を見ると、10.25月となる。次に、経常外収支を見ると、収入が保険積立金の解約による約三億円と割引手形の前期からの増加額を合わせた四憶六六〇〇万円であり、支出が経常収支の支払超過に長期借入金及び仮受金の前期からの減少額と繰延資産の前期からの増加額を加えた四億七六〇〇万円である。また、割引手形の回転期間(期末の割引手形を月平均の売上高で除したもの)を見ると、6.16月となる。

(b) 平成五年度について

まず、経常収支をみると、売上高から売掛債権の増加額を差し引いた売上げ収入と営業外収入を併せた経常収入が約一六億四〇〇〇万円となり、経常支出が、費用から減価償却費を差し引き、商品貯蔵品の前期からの増加額を加え、買掛債務及び未払金の前期からの増加額を差し引いた約一七億七四〇〇万円である。その経常収支比率は92.4パーセントである。

また、売掛債権の回転期間を見ると、8.39月となり、商品の回転期間を見ると、6.49月となり、買掛債務の回転期間を見ると、11.98月となる。次に、経常外収支を見ると、割引手形の増加額で経常外支出をほぼ補っており、割引手形の回転期間を見ると、6.18月となる。

(c) 以上によれば、平成四年度は、経常収支比率が一〇〇パーセントを大きく下回っており、各種回転期間の数値も非常に悪く、資金繰りが事実上破綻した状態である。また、平成五年度も経常収支比率を除き、さらに悪化したか、又は、平成四年度程度である。

なお、回転期間について、大島紬の業界では支払手形のサイトなどが一般に長いことが窺えるが、それは業界全体が不振に陥っているためとも考えられ、そうであれば他社の回転率も比較的長いとしても、そのことから丸三の経営状態の悪化を示すものでないとはいえないし、また、原審証人真市の証言によれば、手形のサイトはだんだん長くなって平均二七〇日になった(四回三二一、三二二項)ものであり、「無月」については、後記のとおりこれより短いサイトであった。さらに、丸三の資金繰りが改善したと見られる平成二年末とその次年度の三年末をみると、売掛債権の回転期間が6.9月と7.3月、商品の回転期間が5.8月と5.6月、買掛債務の回転期間が7.3月と8.6月、割引手形の回転期間が4.96月と4.71月であり、いずれの回転期間も年を追って急速に悪化していることが分かる。また、仕入の季節変動の問題についても、法人の事業内容説明書(乙二、三)の月別の売上高等の状況を見ると、平成四年の三月に仕入が多いもののその前後の仕入は少なく、その他全体として季節変動による決算期の悪影響は少ないといえる。

ところで、平成五年度の経常収支比率は四年度に比べてかなり改善しているのであるが、その原因を見ると、買掛債務の回転期間が11.98月と前年度に比べて1.73月も延びており、買掛債務の支払を繰り延べることによって収支のバランスを取った部分があるとみることができ、他の回転期間も悪化していることからしても、実質的にみれば、それほど経常収支が改善したと見ることはできない。そうすると、平成五年度も、四年度に引き続き、既に事実上資金繰りが破綻した状態であり、そのような状態が継続してきたという意味で事態が一層深刻になったと見られる。

(ウ) このように財務構成及び資金収支の面から見て、丸三は平成五年末の時点で商品を仕入れても支払見込みがない状態であったというべきである。

(3) (1)の経過に(2)の検討を併せると、丸三は、需要の減退などの根本的な原因に対し、対応が遅れて赤字経営が常態化し、もはや売却可能な不動産もほとんどなく、役員保険も解約してしまい、また、会社としても、代表取締役個人としても、銀行からの借入もできない状態で、多額の債務超過に陥り、経営状態や資金繰りが極度に悪化していると認められるのであるから、平成五年度の決算期において、既に近々、支払不能に陥り倒産することが見込まれる状況にあったというべきであり、平成六年以降、新たに著しい収支の改善が期待できる特段の事情がない限り、その代金の支払いが平成七年以降になる本件仕入取引についても、既に代金支払見込みがなかったものと推認できる。

(二) 被控訴人真市の経営改善の方策等について

そこで、平成六年以降、新たに著しい収支の改善が期待できる特段の事情があったかどうかについて検討する。

(1) 仕入価格の引下げ、経費の削減などについて

(ア) 証拠(乙一〇ないし一二、一四、一五、原審証人真市、原審久野隆夫代表者)によれば、次の事実が認められる。

被控訴人真市は、産地を訪れる度に、機屋に対して仕入価格の引下げを要求し、平成二、三年ころ以降は、具体的な金額を示して引下げを要求したが、前記(一)(1)(ア)記載のような事情もあって、十分な値下げは実現できなかった。

被控訴人真市は、徐々にあつらえ商品の取扱量を減少させていく一方で、図柄を単純化し、一図案についての製造数を増加させるなどして、市場品と同程度の価格で販売できるあつらえ商品を製造させるなどの経営努力をした。また、長期間売れ残っている在庫商品を廉価で処分し、さらに、販売費及び一般管理費といった経費の削減も実行して、経営の改善に努めた。このうち経費の削減は平成三年度が三億〇四六一万円であったものが、平成五年度に二億五四六八万円と一定の成果を上げている。

また、売上総利益を売上原価で除した荒利益率を見ると、平成元年度が17.59パーセント、二年度が12.18パーセント、三年度が10.75パーセント、四年度が6.08パーセントと著しく低下してきたが、五年度は8.84パーセントと若干回復している。

(イ) しかしながら、平成五年度に荒利益率が回復したといっても、それは、自社ビル等の売却によって一般累積債務を一掃したにもかかわらず、さらに、一〇億円を借りなければならなくなった平成元年ないし三年と比べても低いのであり、資金繰りを改善する程度には達していないし、販売費及び一般管理費を賄うには到底及ばず、しかも在庫は前年度より約一億四〇〇〇万円も増大している。また、経費の削減も、平成三年度には退職金や営繕費という臨時の出費と思われるものも含まれており(乙一〇)、それほど大幅に改善したというわけではなく、しかも、役員報酬は、減額されるどころか、友子については、亡耕司の死亡に伴う生活補償的な面があるとしても増額されているのであり(甲三六、乙一二)、今後、一層の削減の見込みがあるとは認められない。

(2) 「無月」の製造販売

(ア) 証拠(甲一七ないし二二、乙一ないし三、一〇ないし一二、一四、一五、原審証人真市、原審久野隆夫代表者)によれば、次の事実が認められる。

被控訴人真市は、平成二、三年ころ、堀口産業と共同して、従来市場に存在しなかった大島紬の糸を使用した縫い物刺繍製品を開発し、「無月」というブランド商品として帯、ショールを販売することを企画し、二年後の単年度の決算を黒字に転換させることを目指した。なお、「無月」は、控訴人が糸を加工して堀口産業に納入し、堀口産業が商品を製造して、丸三が独占販売することになり、商品は、堀口産業から直接丸三に納品されていたが、伝票上は、堀口産業から福岡市の伊藤忠を経由し、控訴人からの売上げとして納品することとされた。

「無月」の製造は、平成四年三月ころから開始され、同年九月ころから売上げが伸び始めたことに伴い、丸三の全体としての仕入高、売上高とも増加し、特に、控訴人からの仕入金額は、平成三年度が二億五〇九二万七〇〇〇円であったのに対し、同四年度は七億四二五三万一七四〇円、同五年度は一一億八一二九万一一〇〇円と激増した。また、「無月」の丸三の取扱商品に占める割合をみても、平成四年度が18.7パーセント、同五年度が33.5パーセントと順次拡大したのに対して、大島紬の割合は、平成三年度が83.5パーセント、同四年度が72.5パーセント、同五年度が60.8パーセントと徐々に低下していった。その結果、各年度の売上総利益は、「無月」の製造販売前の平成元年二億二六八七万円、二年一億六九六一万円、三年一億六一三八万円であったのに対し、平成四年が一旦大幅に減少し九一五八万円となったが、五年は一億五四一七万円まで回復した。なお、「無月」の売掛代金について、丸三は、手形のサイトを九〇日とする条件で販売しており、三〇日から一八〇日の間の手形を受け取っていた。

(イ) しかし、前記のとおり平成五年度程度の利益率では資金繰りが改善する見込みはないのであるから、平成六年以降に一層改善されると期待できるかを検討する。

まず「無月」の売上げを総売上げに「無月」が全取扱商品中に占める割合を乗じて産出すると、平成四年度が約二億九八三七万円(乙二、一一)、五年度が約六億三五五三万円(乙三、一二)であるところ、「無月」の製造が平成四年三月ころから開始され、同年九月ころから売上げが伸び始めた点を考慮すると、平成五年に入って、さらに売上げが増加したとは考えにくい。また、製造販売を開始して三年目となる平成六年以降に、特段の事情もなく、大幅に売上げが増加するとは考えにくいのであり、この点についての、原審証人真市の供述が全く抽象的なものに止まっていることからしても(五回八四ないし九五、三〇一、三〇二項)、平成六年以降に大幅に売上げが増加することが期待できたとは考えられない。また、このことは、現に、平成六年度の売上げが約九億六九〇〇万円であり(甲二四)、平成五年一月ないし六月の売上げ約九億円(乙三)と比べて若干の増加でしかなく、後記(三)(1)のとおり丸三が平成六年度において商品担保の融資を売上げとして計上していることからするとせいぜい同程度とみられることからも裏付けられる。

(3) 建都一二〇〇年に向けた企画商品の製造販売

被控訴人真市は、平成六年が京都市の建都一二〇〇年に当たることから、その企画柄の商品を、一図案について一六反の割合で一〇〇柄、合計一六〇〇反製造し、同年一年間にわたって販売することを企画して、平成五年夏ころに図案屋に原図を図案化させ、秋から暮れころまでの間に機屋に反物を製造させた。右商品は、丸三の破産宣告申立てころまでに約二〇〇反納品された(原審証人真市四回九九ないし一二〇項)。

しかし、右商品についても、その販売の計画ないし見込みが具体的でない上、一年間に一六〇〇反を製造販売する計画であるというのに、七月初めころまでに約二〇〇反しか納品されていないというのであり、丸三の資金繰りを改善する見込みがあったとは考えられない。

(4) 平成六年の資金繰り状況に関する被控訴人真市の供述について

まず、被控訴人真市は、平成六年に入ると、不況のため、丸三の販売先からの受取手形の額面額は平均すると売掛金の三ないし四割であり、かつ、手形のサイトが長期間にわたり、直ちには手形割引もできないものが顕著に多くなったために、丸三は、買掛金の手形決済資金の調達に窮するようになったとして、一時的なやむを得ない事情で丸三の資金繰りが急速に悪化したとの趣旨を述べるが(原審証人真市四回一六七ないし一七二項)、平成六年六月末の売掛金及び受取手形(割引手形を含む)の合計額に対する割引手形の割合(甲二三により約80.74パーセント)は、平成五年末のそれ(乙一二により約73.77パーセント)よりも大きくなっており、また、平成六年六月末の時点では受取手形のほとんどを割り引いている(甲二三、甲一〇の六項、乙二〇の五項)ので、到底信用できない。

また、被控訴人真市は、平成六年八月以降決済を要する手形が減少し、同年七月一一日の手形決済のため堀口産業に依頼していた二、三〇〇〇万円の支援が得られれば、破産を免れた旨の供述もするが(乙二〇、原審証人真市四回一七七ないし一八〇項)、前記のとおり丸三の資金繰りは極めて悪化していたにもかかわらず、支払が継続できたことを裏付けるだけの具体的な事実関係が明らかにされておらず(乙二〇の一項)、右供述も採用できない。

以上のとおり、平成六年以降、新たに著しい収支の改善が期待できる特段の事情があったとは認められない。

(三) 平成六年一月以降の経営状態を示す事情について

さらに、平成六年一月以降、丸三の経営状態が一層悪化したことを示す次のような事実が認められ、これを考え併せれば、平成六年度の丸三の資金繰りは改善するどころかかえって大幅に悪化していたものと推認できる。

(1) 商品の買い戻し特約付き売買

丸三は、手形決済資金に窮して、平成六年二月ころから、商品を仕入価格の二割程度の価格で売り渡し、その一割程度を利息相当として付加した金額で買い戻す旨の特約付きで担保に供して、融資を受けるようになったが、結局、破産までに一度も買い戻すことはなかった(乙一八、二〇の三項、原審証人真市五回一〇〇、一〇一、一一一から一二七、一三一から一三四、二九六から三〇〇項)。

なお、右取引は、買い戻しを前提としているものの、買い戻しができなければ商品を仕入価格の二割程度の価格で売却したのと同じことになり、丸三の資金繰りが極めて困難な状況の下では、極めて不適切な行為であるというべきである。

(2) 幹部社員の退職

丸三の事業継続に不可欠な幹部社員らも平成六年二、三月ころから辞意を漏らす者が出始め、永富宏(経理の責任者)が五月三〇日付けで、木下甚之郎(総務関係全般)及び荒川忠征(商品企画部長)が六月二〇日付けでそれぞれ辞表を提出するに至り、事業の継続ができない状況になった(乙七ないし九の各1、2、原審証人真市四回一七四、一七五、一八一から一九二、二六七、二七五、二八〇、二八一項)。

このように、幹部社員が辞意を漏らし始め、辞職するということは、事業継続の見込みがないことを顕著に示している。

(3) 破産申立直前の資産と負債の状況

破産申立の直前である六月末時点と平成五年末の貸借対照表を比較すると、負債はほとんど変わりがないが、資産については、商品が約四億二〇〇〇万円減少しているほか、現金預金、手形割引に出していない受取手形及び売掛金がかなり減少している(甲二三、乙一二)。

(四) 以上によれば、被控訴人真市は代金決済の見込みがないのに本件仕入取引を行ったものと認められる。

2  被控訴人真市の悪意又は重過失の存否

(一) 平成五年度の決算報告書等は法人税の確定申告がされた平成六年二月二八日までには作成されており(甲三六)、被控訴人真市は遅くともそれまでに決算の内容を承知していたから、前記1(一)(2)のような判断が可能であったし、前記1(一)(1)、(二)及び(三)の前提となる事実もその時々に認識し、判断が可能であったはずであるから、被控訴人真市は、本件仕入取引について代金決済の見込みがないことを知りながら行ったか、又は、少なくともこれを知らないことには重大な過失があるというべきである。

また、現に、被控訴人真市は、平成六年七月中の手形決済資金の手当が付かないことや幹部社員の辞表提出を受けて、同年六月中には丸三の破産宣告の申立を決意し、平成六年七月一日に弁護士にその委任をし、同月五日に申立がなされたのであるが、破産宣告を申し立てることが事前に取引先等に知れ渡ると、商品の持ち出しなどの混乱が生じ、破産手続を円滑に進めることが著しく困難になるおそれがあると判断して、他の従業員には秘匿して右申立てを行い、破産申立後も七月七日まで仕入を継続させた(甲二、三、一〇の二、五項、原審証人真市四回一七四から二〇四項、原審久野隆夫代表者一八九ないし一九五項)。このように、破産申立を決意した後に、明らかに債権者を害することを知りながら商品を仕入れさせたことは、本件仕入取引全体についても、被控訴人真市は、代金決済の見込みがないことを知っていても、又は、容易にそのことを知りうる状況であっても、そのようなことを意に介さずに行うであろうことを裏付けるものである。

よって、被控訴人真市は、代金決済の見込みがないのに悪意又は重過失によって本件仕入取引を行ったものと認められる。

(二) いわゆる経営判断の原則について

本件に、経営状態が悪化し破綻の危機に瀕している企業においては、冒険的、投機的とも思われる経営判断をすることも、それが著しく不合理であるなどの特段の事情のない限り、取締役としての任務の違背にはならないという、いわゆる経営判断の原則を適用して、取締役の注意義務を軽減すべきであるかについて検討する。

まず、本件のように代金支払の見込みがないのに商品を仕入れる行為は第三者に対する直接の加害行為であるところ、破綻の危機に瀕している企業が状況打破のために冒険的、投機的な経営をすることも株主との関係ではときに正当化されることがあるとしても、第三者である取引先との関係では、単に危険な取引を強いるだけで、これを合理化する根拠はないのであって、取締役の注意義務を軽減すべき理由にはならない。第三者との関係においては、経営が逼迫している状況下では、その損害を回避するため、事業の縮小・停止、場合によっては破産申立をすべきではないかを慎重に検討する必要があるというべきである。

なお、かつ、控訴人や丸三の取り扱う大島紬自体が伝統的な製品であり、製造に熟練を要し、その製造コストが高く、したがって仕入価格の引下げが困難であり、また、丸三が、あつらえ商品を主に取り扱うようになったことに、その当時の大島紬を取り扱う卸業者の経営方針として合理性があり、引き続きあつらえ商品を取り扱うには従前の取引関係を破棄し得ないなどの事情があったとしても、前記1(一)(1)(ア)のとおり、丸三は長期にわたる好況期の下でも継続して多額の赤字を計上するなど、従来の取引形態を継続しては業績改善の見込みがなく、従前の取引関係を破棄しても営業の縮小や他業種への転換も含めた経営改革を行うべきであったし、また、経費の節減や「無月」などの販売によっても収支の顕著な改善が望めないなど、代金決済の見込みがない状況であったのであるから、それにもかかわらず多量の商品を仕入れた行為は著しく不合理な判断というべきである。

3  次に、被控訴人らは、控訴人が丸三の資金繰りが苦しいことを知りながら本件仕入取引をしたなど被控訴人真市に責任を負わせることはできない事情があると主張するので、以下検討する。

(一) 既に認定した事実及び証拠(甲一、二二、乙一九、原審証人真市、原審久野隆夫代表者)によれば次の事実が認められる。

(1) 原判決事実及び理由第三、一2(五)(一)ないし(3)(原判決三三頁から三六頁)のとおりであるから、これを引用する(但し、三五頁二行目の「鹿児島銀行から売掛債権」の次に「が増加していることからそ」を、一〇行目の「連帯保証を要求し、」の次に「実はそのような事実はないのであるが口実として」を、三六頁七行目の末尾に「そして、その手形のサイトは徐々に長期化していた。」を、それぞれ加える。)。

(2) 控訴人は、破産申立ての前日の七月四日に、丸三の仕入れ担当者である神崎登に、七月一〇日の手形を決済する旨の覚え書を差し入れさせた上で、丸三に対し約三五〇〇万円分の商品を売却した。

以上の事実が認められる。

他方、控訴人が丸三の支払能力に関する噂を流布したとの事実については、これに副う原審証人真市の供述はこれを否定する原審久野隆夫代表者の供述に比べて信用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、被控訴人らは、控訴人が丸三の営業部長兼取締役である神崎登からその資金繰りに関する詳しい情報を得ていたと主張するが、神崎自身も丸三が破産申立てをする事実を知らされておらず(原審証人真市四回二八六項)、丸三では、以前から亡耕司あるいは被控訴人真市が営業方針を決定し、取締役会も開催されていなかったのであるから、同人が丸三の資金繰りの状況をどの程度知っていたかは明らかではないことからしても、控訴人主張のような事実は認められない。

(二) そこで、右認定事実に基いて検討するに、義次が丸三の取締役の地位にあったことは、その時期が昭和五四年までとせいぜい丸三の経営状態が悪化し始めたころまでであり、本件仕入取引当時に控訴人が丸三の経営状態を把握していたかどうかの判断材料とすることはできない。しかし、その後、控訴人代表取締役の久野隆夫は、自社ビル等の売却や一〇憶円の借り入れの事実を聞いており、平成四年度の決算については赤字であると聞いており、平成五年度の決算についても少なくとも累積した赤字が解消した訳ではないと理解していた(原審久野隆夫代表者五六一、五六二項)のであり、売掛金について被控訴人真市らの個人保証を要求したり、丸三の手形ジャンプをしたり、右(2)のような覚え書を差入れさせたりしたことも考えると、控訴人は丸三の資金繰りが厳しい状態にあるのではないかと疑っていたと推認することができる。しかし、他方、久野隆夫は、被控訴人真市から、「無月」の販売によって経営が改善していると、再三、聞かされ(原審久野隆夫代表者四一九ないし四三〇、五一六、五三〇項)、被控訴人真市らの個人保証が得られないまま、注文に応じて多額の商品を納入し、右のとおり破産申立の前後にも商品を納入していることに鑑みると、丸三の資金繰りが破綻する現実的危険があることを承知していたとまでは到底認められず、そうであれば被控訴人真市の責任を否定する理由とはならないというべきである。

また、被控訴人らは、控訴人が平成六年春以降、その仕入取引の金額以上に売掛債権の取立てを行っていたと主張し、被控訴人真市及び同荻野勝哉はこれに副う陳述書を提出している(乙二〇、二二)。しかし、仮にそのとおりであったとしても、一〇億円前後もの売掛債権を有しながら、被控訴人真市らの個人保証などの担保も得られていない以上、これを減少させようと努力するのは当然であり、そのことが丸三の資金繰りに悪影響を及ぼしたとしてもやむを得ないところであり、このことも被控訴人真市の責任を否定する理由にはならない。

以上のとおりであるから、被控訴人らの主張は採用できない。

4  因果関係

被控訴人真市が代金決済の見込みがないにもかかわらず本社仕入取引を行ったことにより、控訴人がその商品を納入し、その代金相当額の損害が発生したことは明らかである。

これに対し、被控訴人らは、丸三の倒産の原因が大島紬業界の構造的な体質などによるものであるから、被控訴人真市らの任務懈怠と控訴人の損害との間に因果関係がないと主張するが、控訴人は、被控訴人真市が丸三を倒産させたことを任務懈怠行為として、これによって控訴人の売掛債権が回収不能になったことにより、間接的に損害が発生したと主張しているものではないから、被控訴人らの右主張はそれ自体失当である。

また、被控訴人らは、控訴人の売掛債権が平成六年四月以降減少してきており、本件仕入取引を行わなければ控訴人の損害はより大きかったから、本件仕入取引を行ったことと控訴人の損害との間に因果関係がないとも主張するが、右のとおり本件仕入取引により直ちに控訴人に損害が発生しているのであり、また、前記3(二)のとおり控訴人が売掛債権の回収に努力するのは当然のことであり、被控訴人らの主張は採用できない。

5  よって、被控訴人は、代金決済の見込みがないにもかかわらず、そのことを知りながら、又は、重大な過失により知らずに、本件仕入取引を行い、控訴人に損害を与えたもので、控訴人に対し商法二六六条の三第一項所定の損害賠償責任を負うべき立場にある。

三  友子の監視監督義務違反の存否及び控訴人の損害との間の因果関係について

1  証拠(甲四ないし六、三四ないし三六、乙三、原審証人真市、原審久野隆夫代表者、原審友子本人)によれば、次の事実が認められ、原審証人真市の証言中、右証言に反する部分は採用しない。

友子は、昭和三七年に丸三の取締役に就任する際、亡耕司からその旨聞かされ(原審友子本人一九五項)、また、それ以来、取締役としての報酬を受け取っており、自分が丸三の取締役であることは自覚していた。なお、報酬の年額は、平成三年度及び四年度には四二〇万円、五年度には五五五万円であった。友子は、丸三が毎年三、四回開催する販売会には概ね参加して、得意先、機屋等への挨拶、販売等を行っており、平成五年中の亡耕司がなくなった後に開催された販売会にも二回出席した(原審久野隆夫代表者三〇ないし五三項)。また、丸三の事務所には、用件があるときだけ立ち寄るというのではなく、不定期ではあるが、相当程度出社して亡耕司や被控訴人真市から丸三の状況を聞き、時には意見を述べることもあった(原審友子本人一三ないし二一項)。さらに、以前には、女子社員の接待方法等の社員教育を担当したことがあり、自社ビルの建設に際してその内装を担当したことや(原審友子本人三八項)、銀行に行って挨拶などをしたこと(原審友子本人五三項)もあった。

他方、友子は、大島紬の売れ行きが不振であるため、新しく「無月」を製造販売することを聞かされ、亡耕司が亡くなってからは営業が不振で赤字になっているだろうと認識していた(原審友子本人二〇二ないし二〇四、七四ないし八四項)にもかかわらず、丸三の資金繰り、仕入れや決算等は被控訴人真市らに任せており、丸三の決算期が一二月末であることも知っていたが、決算内容を尋ねたことはなかった(原審友子本人一〇五ないし一〇八項)。また、友子は、丸三において取締役会が開催されていたかどうかも知らず、その開催を求めたこともない(原審友子本人一一四ないし一一六項)。友子は、大正四年七月五日生まれであり、平成三年以降、丸三の株式二万四〇〇〇株を有していた。また、友子は、亡耕司と同人が亡くなるまで同居していた。

以上の事実が認められ、また、右事実からすると、友子は、丸三が昭和六二年に自社ビルを売却したことも知っていたと推認できる。

2  友子の監視監督義務違反の存否について

(一)  まず、友子の監視監督義務自体の存否について見るに、そもそも株式会社の取締役会は会社の業務執行を監査する地位にあるから、取締役会を構成する取締役としては、会社に対し、代表取締役の業務執行一般について、これを監視し、必要があれば取締役会を自ら招集し、あるいは招集することを求め、取締役会を通じて業務執行が適正に行なわれるようにする職務を有するものである。また、丸三のように取締役会が全く開催されていない状況であれば、そのような不正常な状態自体も改善すべき職責があるというべきであるし、また、自社ビルを売却した後も赤字を生じているというような経営不振の状況では、代表取締役が適正な活動を行うであろうと安易に信頼することは許されず、少なくとも決算書類程度は確認した上で、必要な場合は、さらに、日常の業務運営に伴う取引状況をも精査してその内容を把握し、場合によっては取締役会を開いて代表取締役を解任することも含めて適切な措置を講じる必要があるというべきである。よって、友子はこのような取締役としての監視監督義務を負担していたものである。

(二)  次に、友子が右義務を懈怠したものであるかを見ると、前記一のとおり丸三では亡耕司あるいは被控訴人真市が営業方針を決定し、取締役会が開催されたこともなく、丸三が自社ビルを売却し、その後も赤字を生じていることを認識しながら、丸三の資金繰り、仕入れや決算等を亡耕司の死後は被控訴人真市に一任し、被控訴人真市に決算内容を尋ねることもなく、取締役会の開催を求めたこともなかったのであるから、自らも悪意又は重大な過失により代表取締役である被控訴人真市の業務執行を監視監督する義務を怠ったことは明らかである。

被控訴人らは、資金繰りや仕入は友子の担当する職務ではなかったから、これを被控訴人真市に一任したことに任務懈怠があるとはいえないと主張するが、丸三において、取締役の職務分担が明確に定められていたと認めるに足りる証拠はなく、かえって、右1の事実によれば友子が会社全体の経営にもそれなりの認識を有し、関与をしていたことが窺えるほか、そもそも丸三のような小規模の同族会社においては右に述べたとおり、経営不振の状況の下では代表取締役が適正な活動を行うであろうと安易に信頼すべきではなく、本来、自己の担当しない業務についても担当者に一任してしまうことは許されないというべきである。また、被控訴人らは、友子に監視義務を尽くすことを期待できない状態であったと主張するが、後記3のとおりであって採用できない。

3  控訴人の損害との間の因果関係について

友子が昭和三七年依頼取締役の地位にあって、報酬を得ており、それなりに丸三の業務に関与してきたことからすると、丸三の平成五年度の決算書類を確認すれば、丸三が多額の債務超過に陥っており、容易に処分可能な財産もほとんどなく、危機的な状態にあることを知ることができ、さらに、友子が被控訴人真市よりも取締役としての経験年数が長いことや同被控訴人の母親であること、相当数の株式を保有していることからすると、被控訴人真市に直接、又は、取締役会を開いて、あるいは、前記神崎らと協力して、詳しい経営状態を確認し、善後策を検討すれば、被控訴人真市の任務懈怠行為を阻止する余地が十分にあったと認められ、単に友子が高齢であるというだけでは右認定を左右するものではなく、他に右認定を覆すに足りる事情は見受けられない。よって、友子の任務懈怠行為と控訴人の損害との間には相当因果関係があるというべきである。

四  損害額(過失相殺)

控訴人の損害の発生ないし拡大に控訴人自身の過失が寄与しており、損害額を算定するに当たってこれを斟酌すべきかどうかについて検討する。

まず、控訴人が厳しい取立を行ったとの点については、控訴人が当初の約定よりも一〇日早く手形の振出を受けるなどしたことが認められるが、他方、手形のサイトは徐々に長くなっていたというのであり(前記二1(一)(2)(イ)(c))、多額の売掛債権を有しながら、被控訴人真市らの個人保証などの担保も得られていない以上、これを減少させようと努力するのは当然であり、これを控訴人の過失として斟酌することは相当ではない。

また、控訴人が丸三の資金繰りが厳しい状態にあるのではないかと疑っていたことは認められるのであるが、他社の経営内容を的確に把握することは困難であり、控訴人代表者久野隆夫は、被控訴人真市から、「無月」の販売によって経営が改善していると再三聞かされていたのであるから、商品の取引を停止しなかったことが直ちに過失であるとはいい難い上、被控訴人真市らは破産申立後も控訴人からの仕入を継続させるなど、その任務懈怠の程度が大きく、また、被控訴人真市は、控訴人から、平成五年七月ころ以降、仕入取引について被控訴人真市、友子及び勝哉による連帯保証を求められていたにもかかわらず、その承諾を引き延ばしながら、他方で、被控訴人真市、同荻野勝哉及び友子は、亡耕司の相続財産について、根抵当権の負担のない物件を勝哉に相続させることとし、かつ、これを被控訴人荻野勝哉に有利に分筆していたなどの事情(甲二六ないし三二、乙一三、原審友子本人)を考慮すれば、本件において、取引停止の措置をとらなかったことを控訴人の過失として斟酌することは相当ではない。

よって、友子において控訴人に賠償すべき金額は金一億九四九八万五三四二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金であり、被控訴人らは、控訴人に対し、それぞれ、亡荻野友子から相続した財産の存する限度で、金九七四九万二六七一円及びこれに対する平成七年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、控訴人の請求は、右の限度で理由があり認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

五  よって、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官海保寛 裁判官多見谷寿郎 裁判官水野有子)

別紙補助元帳1〜8<省略>

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